神奈川県は世界でも例を見ない程のスピードで進む超高齢社会に直面しており、私たちは、これまでの社会システムでは立ち行かないという共通の危機感を有している。
この大きな課題を乗り越えるために、私たちはここ神奈川・箱根の地で、健康と病気の間で連続的に変化する状態である未病を基軸に、新たなヘルスケア・社会システムのあり方について議論を行い、次の取組みを推進し、世界に向けて発信することで一致した。
○病気になって初めて行動を起こすのではなく、将来の自己のために、日常生活の中で自分の未病状態をチェックし、心身の状態の改善・維持に主体的に取り組むという行動変革を起こす。
○こうした個人の行動変革を、学術・医療・産業・行政など多様な分野の主体が積極的に支えるとともに、これらを担う人材育成を行う。また、新たなヘルスケア・社会システムを実現する様々な先進技術の追求や未病の科学的なエビデンスの確立により、この動きを加速させる。
○そして、個人の未病状態の改善・維持に取り組むための行動の選択権と決定権は、受益者であり負担者でもある自己に帰属するという考えを基本とした、持続性ある新たな社会システムの形成を目指す。
我々は、未病を基軸としたこれらの取組みこそが、超高齢社会という人類共通の課題を乗り越えるモデルであることを、世界に向けて、ここに宣言する。
2015年10月23日
池田 康夫
黒岩 祐治
塩澤 修平
竹内 正弘
辻野 晃一郎
中村 丁次
松本 洋一郎
未病サミット神奈川2015 in 箱根 実行委員会
最初に実行委員長を務める理化学研究所 松本洋一郎氏による開会挨拶で今回のシンポジウムに関する期待を述べた後、神奈川県議会 土井りゅうすけ議長が来賓の挨拶を述べた。
続いて名誉実行委員長を務める黒岩知事が開会講演を行い、自分の体は自分でチェックして改善していくという未病の考え方や、ヘルスケア・ニューフロンティアで神奈川県が取り組んでいる様々なプロジェクトなどを紹介した。
基調講演ではまず、未病社会の診断技術研究会、㈱DNAチップ研究所の松原謙一氏から現代の医学研究が病気の治療に集中している現状や、未病への科学的アプローチが重要であること、また日本がとるべき健康医療政策の方向性について説明をされた。
次に、未病社会の診断技術研究会、静岡雙葉学園理事長の榊佳之氏による基調講演「「未病社会」へのゲノム・遺伝子からのアプローチ」が行われ、体の働きに関わる遺伝要因と未病との関わりや、遺伝子解読テクノロジーの進歩等について説明をされた。
基調講演終了後には、ランチョンセミナーとして、㈱生命科学インスティテュートの木曽誠一氏より「未病の見える化」というテーマで講演がなされ、じぶんからだクラブ®事業の立ち上げおよびヘルスケアビジネスの難しさ、そのための様々な団体との連携によるビジネス展開について説明された。
「食・栄養・運動」をテーマとしたセッション1が、味の素㈱の木村毅氏をモデレーターとして行われた。
まず、木村氏がセッションの狙いについて説明した後、神奈川県立保健福祉大学 中村丁次氏は日本が戦後の低栄養や高度成長期の過剰栄養を解決したことや、未病の段階から個別化された栄養・食事の介入が必要であること等について説明された。
次に、東京大学の天野暁氏が「未病のイントロダクション」というテーマでプレゼンテーションを行い、その中で「未病」という言葉の由来や未病の基本的な考え方についての説明とともに、今後の未病知識の普及や教育、科学的研究の推進について提案を行った。
足利工業大学の山門實氏は「健康診断の近未来」というテーマでプレゼンテーションを行い、健康診断の役割や重要性、健康診断の今後のあり方、アミノインデックス技術と未病の見える化の可能性等について説明された。
医薬基盤・健康・栄養研究所の宮地元彦氏は「身体活動・運動による未病対策」というテーマでプレゼンテーションを行い、神奈川県における身体活動の現状等について説明された後、企業・職場でのスマートな健康づくり等について提案を行った。
フェリカポケットマーケティング㈱の納村哲二氏は「イオンの目指す健康社会」というテーマでプレゼンテーションを行い、健康寿命延伸に資する環境づくりや健康ポイントの活用を中心とした未病を治す新たなビジネスモデル構築事業等について説明した後、健康増進や健康維持のためのインセンティブの付与について、その原資の負担方法が課題であること等を提起された。
最後にアメリカ・ベイラー医科大学のDennis M. Bier(デニス ビア)氏が「未来を見据えて。我々が知っていること、知らないこと、知るべきこと」というタイトルでプレゼンテーションを行い、栄養学の重要性や栄養学の歴史そして今後の展開等についてプレゼンテーションを実施した。
その後、パネルディスカッションが行われた。
主な議論内容として、健康維持における食・栄養・運動の重要性は歴史的にも証明されているが、他の要因も複雑に絡み合っていることが認識された。 身体活動は人とつながりを持つための行為であり、人とのつながりが希薄になる都会では、肥満の増加につながっている、と問題提起がなされ、そのために地域と連携した効果的な対策を取る必要があるという意見が出された。
また、見える化をすることによる健康状態に改善につなげることが大事であり、今できる未病対策として、未病の指標作りが直近の課題であるという議論がなされた。
さらに、ハーバード大学における、日本人が長生きであることに効果的なのは、日本人が持つ連帯感やお互い様、という気持ちである、という研究がなされていることが紹介され、コミュニティや健康のための社会における連帯感の重要性について説明がなされた事ではないか、と提唱された。
今できる未病対策として、未病の指標作りが直近の課題であるということや、未病対策を進めるために人材育成および教育が重要であること、また健康への無関心層の取り込み方が重要であることなどの意見が発表された。
最後にモデレーターの木村氏は、「今日はかなり幅広いディスカッションが行われた。最初は食や栄養、運動、未病の概念、社会システムまで議論がなされ、関係の複雑性から多くの研究が必要であることが認識されたが、一方で未病のスコアのようなものを作る努力をすることによって見えてくることがあり、それを検証するプロセスの中で取るべき未病対策が固まってくるのではないか。」と議論を締めくくった。
続いて、日本医学会長の高久史麿氏が「新しい技術の未病への貢献」というテーマで基調講演を実施し、健康づくり対策や我が国の健康をめぐる状況、医学界におけるさまざまなトピックス等について説明した。
「未病の先進技術」をテーマとしたセッション2が北里大学教授竹内正弘氏をモデレーターとして行われた。
まず、竹内氏がセッションの狙いについて説明した後、内閣官房参与の大谷泰夫氏によるプレゼンテーションが行われ、未病のエビデンスの重要性やその具体的な取組み等について説明がされた。
次にシンガポール国立大学の須田年生氏による「幹細胞の老化」についてのプレゼンテーションが行われ、幹細胞の老化のメカニズムや自己複製能力等について説明がされた。
続いて、シンガポール国立大学のChristopher Chen(クリストファー チェン)氏による「高齢者の認知障害および認知症のためのクリニカルサポートおよび研究」についてのプレゼンテーションが行われ、世界、特にアジアにおける認知症の増加やシンガポールにおけるその対策について説明がされた。
富士フイルム㈱の石川隆利氏は「富士フイルムにおけるトータルヘルスケアの取り組み」についてのプレゼンテーションを行い、再生医療事業によるヘルスケアの新たな展開やアルツハイマー型認知症の診断、予防および治療について説明した。
ハーバード公衆衛生大学院のLee Jen Wei(リー ジェン ウェイ)氏が「パーソナライズド メディスン」をテーマに統計学がいかに医療に貢献できるか、ということや臨床研究に統計専門家が入ることの重要性などについて説明した。
最後に元FDA(米食品医薬品局)のGregory Campbell(グレゴリー キャンベル)氏が「アメリカから見た医療機器のイノベーションと規制」というテーマでプレゼンテーションを行い、FDAの医療機器の承認における役割や医療機器産業のイノベーションについて説明をした。
その後、パネルディスカッションが行われた。再生医療新法の制定により薬事承認審査が迅速にされることになり承認プロセスの規制が緩和されることになったことが紹介され、治験は元々安全性の担保を十分にするために必要なものであり、リスクとベネフィットを天秤にかけ、人が使っていいものかということを判断するが、何よりもまず安全性の担保が優先される、という意見が出された。
また、ハイレベルな先進技術や統計学的手法について、未病の領域で効果をもたらすことができるかどうかを検証することが大事である、ということ等について議論がなされた。
「未病の産業化戦略」をテーマとしたセッション3がアレックス㈱辻野晃一郎氏をモデレーターとして行われた。
まず、辻野氏がセッションの狙いについて説明した後、一般社団法人日本専門医機構理事長の池田康夫氏が「医学、医療のトピックスについて」というテーマでプレゼンテーションを行い、医者や、医療に関係する様々専門家である「医療人」の育成の重要性等を説明した。
次に経済産業省江崎禎英氏が「次世代ヘルスケア産業の育成」というテーマでプレゼンテーションを行い、未病産業の関連市場の可能性や国の政策について説明した。
続いて、筑波大学大学院教授山海嘉之氏はロボットテクノロジーによる「重介護ゼロ社会」についてプレゼンテーションを行った。
ディー・エス・エムジャパン㈱の中原雄司氏は「ディー・エス・エムの未病への取り組み」というテーマで、オープンイノベーションによる未病の産業化の加速やパーソナライズドニュートリションによるヘルシーエイジングなどについて説明した。
エルステッドインターナショナル㈱の永守知博氏は「ベンチャー企業の未病の産業化戦略」というテーマでプレゼンテーションを行い、テクノロジーを活用した未病の見える化やロボットを使った新しい産業の創出等について説明した。
最後にNIH(米国立衛生研究所)のSteven M. Ferguson(スティーブン ファーガソン)氏は「知財戦略」をテーマにプレゼンテーションを行い、NIHによる知財戦略や知財教育等について説明した。
その後、パネルディスカッションでは、未病産業の創出に向けたオープンイノベーションのあり方やベンチャー企業育成の重要性、さらには未病関連市場の可能性とともに、ビジネスのグローバル展開の進め方等について議論が展開された。
最後に辻野氏が、「今まさにパラダイム・シフトが起こりつつあり、人工知能やロボティクスの活用により、未病関連産業を日本発で世界へ展開できるチャンスであり、産業界・行政・アカデミアが協力していくべき」と締めくくった。
「新たな社会システム」をテーマとしたセッション4が慶應義塾大学塩澤修平氏をモデレーターとして行われた。
まず、塩澤氏がセッションの狙いについて説明した後、セコム㈱小松崎常夫氏による「未病対策実現の取り組み」をテーマにしたプレゼンテーションを行い、未病対策のキーポイントや具体的な取組みについて説明した。
次に東京海上日動火災保険㈱北沢利文氏によるプレゼンテーションが行われ、保険システムを通じた健康インセンティブの提供について、またこれからの企業経営における未病への取組みの重要性について説明した。
WHOのIslene Araujo de Carvalho(イズレネ アラウジョ デ カルヴァーリョ)氏から「高齢化と健康に関するワールドレポート」というテーマでプレゼンテーションが行われ、高齢化に関する世界の状況や高齢化に伴う新しいシステムの構築を各国が取らなければいけない必要性について説明をした。
続いて、フィンランドオウル市のKirsti Ylitalo-Katajisto(キルスティ ウリタロー カタユィスト)氏による「新しい社会システムの創出 オウル市における挑戦と解決策」というテーマでプレゼンテーションが行われ、健康政策におけるオウル市の具体的な取組みについて説明がされた。
東京大学・慶應義塾大学教授の鈴木寛氏は医療イノベーションに関する大学院の設立を提唱し、医学のみならず社会科学的な観点から人間の幸福な生き方を追求する学問も学ぶ教育の必要性について説明した。
その後、パネルディスカッションでは、ビッグデータについて議論がなされ、データだけ集めることは意味がなく、大事なことはビッグデータをいかに分析・活用するか等について議論があった。
また、健康増進に関するインセンティブの必要性や、フィジカルな健康についての対策も大事であるが、心の問題をより大切にすることが重要ではないか、という議論が展開された。
議論の最後に、塩澤氏が「社会システム設計を有効に機能させるためにはインセンティブ、特に自分のためだけではなく、他人や社会に役立つ内容をもつインセンティブを付与することが重要となる。また、インセンティブの付与については国より自治体による取組みが適しており、首長による強力なリーダーシップに基づく新しい社会システム作りに期待する。」と議論を締めくくった。
黒岩知事をモデレーターとして、各セッションのモデレーターやパネリストとともに2日間に亘るシンポジウムを総括するセッションを行った。
各パネリストが、登壇したセッションの議論内容や今回のシンポジウム全体の感想、今後の課題等について意見を述べた。
また、松本実行委員長から、「未病改善に向けた取組が個人の行動変容を呼び起こすともに、社会を変えていく可能性がある。そのためには産学公が連携し、科学的なエビデンスを確立していくことが必要」との説明があった。
黒岩知事から、4つのセッションの議論を踏まえて作成した宣言案を発表し、各パネリスト、会場の参加者の同意を得て未病サミット神奈川宣言を採択した。